第1章 基本情報

 

1.1 概要

A) 正式国名:The Solomon Islands(ソロモン諸島)
B) 首都:Honiara (ホニアラ)
C) 面積:29,785km2 (四国の約1.5倍)
D) 人口:538,148人 (2015年10月現在)
E) 民族:メラネシア系(約94%)、ポリネシア系、ミクロネシア系、ヨーロッパ系、中国系、等
F) 主要言語:英語(公用語)、ピジン英語(共通語)
G) 通貨:SBD(ソロモン諸島ドル)
H) 政体:立憲君主制
I) 宗教:約96%がキリスト教徒(英国国教:45%、カトリック教会:18%、United (Methodist/Presbyterian):12%、バプティスト:9%、SDA(セブンスデー・アドベンチスト)教会:7%、その他のプロテスタント:5%)。他の約4%は、地域固有の精霊信仰。
J) 国際電話:国番号 +677
K) ビザ:必要。30日以内の観光の場合は、入国時に取得可能。
L) 国旗

 

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1977年11月8日に制定。5つの星は、 5つの主要な島(ガダルカナル島、サンクリストバル島、マライタ島、サンタ・イサベル島、チョイスル島)を示している。青は諸島を囲んでいる海、緑は陸地、黄色は日光を、象徴している。

 

M) ビジネスアワー: 官庁 :8:00~16:30 銀行:9:00~16:00

 

1.2 略史

1568年 スペイン人メンダナ、サンタ・イザベル島に来航 1893年 英国、南ソロモン諸島領有を宣言 1900年 英国、独より北ソロモン諸島を取得 1942年 日本軍、ソロモン諸島を一時占有 1943年 激戦の末(戦死者約2万人)米軍に奪取され、日本軍撤退 (1950年まで米軍が駐留) 1976年 「ソロモン諸島」として自治政府樹立 1978年 7月7日 英国から独立 1.3 地理

 

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ソロモン諸島は、北西に位置するパプア・ニューギニア領ブーゲンビル島から南東約1,670kmにかけて、6つの大きな島と、約1,000以上の島々から成る群島国家である。最西端のショートランド諸島は、パプア・ニューギニア領ブーゲンビル島とわずか9kmしか離れていない。 南東には、ヴァヌアツの島々が続いている。主要6島はいずれも幅24~56km、長さ92~181kmで、ガダルカナル島を中心として、北側にチョイスル島、ニュージョージア島、サンタ・イザベル島、マライタ島、南側にサンクリストバル島、レンネル島、サンタ・クルーズ島が並んでいる。 国土地面積は約29,785km2で、四国の約1.5倍程度である。排他的経済水域は、南太平洋では3番目に大きい135万km2にもなり、かつお・まぐろの好漁場となっている。

 

1.4 気候

ソロモン諸島の気候は、1年を通して高温多湿である。 ホニアラの気温は、沿岸部で平均29℃前後であるが、内陸部に入ると最高気温は35℃まで上がる。5~10月が雨の比較的少ない乾季、11~4月が雨季にあたる。降水量は、乾季(8月)で約100mm、雨期(3月)約350mm。乾季には、南東の貿易風が吹き、過ごしやすい日が続く。また雨季には北西の貿易風が吹き、気温が緩和される。雨季にはサイクロンも発生し、激しい雨が数日降り続く事もある。 ホニアラに観光で訪れる際には、雨の少ない7~9月がおすすめ。この時期は、南半球は冬にあたる為、朝晩、涼しいと感じる。

 

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1.5 通貨・物価・チップ

自国の通貨として、SBD(ソロモン・アイランド・ドル)が流通している。かつては、貝殻で作られたシェルマネーや、イルカの歯などを、カスタム・マネーとして使用されていたが、現在は、ほぼ国内全土でSBDが使用できる。 多くの品々が輸入品に頼っている為、全体的に物価は高く、年々、上昇傾向にある。ソロモン人の現金収入は、日本の1/5程度ではあるが、物価水準は日本と同様、もしくはそれ以上であり、モノの質もあまり良いとは言えない。 チップ等の習慣はない。 市内でクレジットカードを使える場所は限られており、高級ホテルや一部レストランのみであるので、予算に合わせて、まとまった金額をキャッシュで用意されたい。

 

1.6 両替・銀行

国際空港内や市内のホテル、銀行などで両替が出来る。日本円から、SBDへの両替は、国際空港内両替所、パナティナプラザ内の両替所、キタノメンダナホテル、パシフィックカジノホテル等で対応可能。 ホニアラ市内で両替可能な銀行としては、ANZ銀行,BSP銀行がある。ATMもあるので、クレジットカードでの海外キャッシングも利用できる(VISA)。日本円からSBDへは、パシフィックカジノホテルでの両替レートが、比較的良い。(参考 換算レート:$1SBD≒\15JPY(2015.10現在))

 

➢ ブルームバーグ 為替レート:http://www.bloomberg.co.jp/tools/calculators/currency.html

 

➢ BSP銀行(Bank South Pacific) Mendana Ave. Point Cruz

TEL:21874 営:月~金9:00~15:00 休:日、祝日 URL:http://www.bsp.com.pg/ target=”_blank”

 

➢ ANZ銀行(Australia & New Zealand Banking Group Ltd.) Ranadi, Kukum Highway

TEL:21111 営:月~金9:00~15:00 休:日、祝日 URL: http://www.anz.co.jp/personal/” target=”_blank”

 

1.7 日本からのアクセス

現在、日本からの直行便はなく、ブリスベンかシドニー経由、もしくは、ポートモレスビー(パプアニューギニア)経由である。
 成田 ― ブリスベン(カンタス航空
 成田 - ポートモレスビー(ニューギニア航空
 成田 - シドニー(ジェットスター・日本航空
 羽田 ― シドニー(カンタス航空・全日空
 シドニー ー ホニアラ(カンタス航空・ソロモン航空 共同運航
 ブリスベン ー ホニアラ(カンタス航空・ソロモン航空 共同運航
ソロモン航空によるチケットのセールなども時折やっており、地元新聞、ソロモン航空HPで情報を得ることが出来る。 ポートモレスビー経由は、週1便だが、(2016年7月より週2便の予定)フライト時間は短く、比較的、金額も安い。ニューギニア航空により、成田―ホニアラまで一括で手配出来るので、乗り継ぎも安心である。ポートモレスビーの国際空港は2015年に改修されたばかりで、ショップ・カフェなども清潔感があり、快適に利用できる。

 

➢ ソロモン航空(Solomon Air):http://www.flysolomons.com/

 

➢ カンタス航空(QANTAS):http://www.qantas.com.au/travel/airlines/home

 

1.8 治安

エスニックテンション(民族抗争)後、オーストラリア・ニュージーランドを中心とした組織“The Regional Assistance Mission to Solomon Islands (RAMSI)”の介入により、現在の治安は安定している。ただ、一見安定しているように見える治安も、災害や国政選挙など、ささいなきっかけで、暴走する事も考えられるので、常に注意が必要である。 殺人などの重大犯罪が発生する事は、比較的少ないが、強盗や盗難などは多く、外国人宅が狙われる事も多い。マーケットなど市内の混雑する場所等では、ひったくり、スリなども頻発しているので、十分に注意が必要。夜間の外出時は、タクシーを使うなど、徒歩やバスでの移動は避ける。 人々は親日的で、日本人にとても好意的に接してくれる。普段は穏やかで、知らない人でも人懐っこく話しかけてき、笑顔が絶えない。しかし、飲酒すると人格が変わる事が多く、飲酒時には喧嘩も多く発生するので、巻き込まれないように注意されたい。

 

1.9 交通

1.9.1 空路

国営のソロモン航空による国内線が就航している。国内の19か所の空港を結んでいる。飛行機は、9人乗りのアイランダー機、18人乗りのツインオッター機、36人乗りのダッシュエイト機があり、預託荷物は16kg、機内持ち込みは5kgまで。料金は、かなり高く、割引やセールなどは行われていない。

 

1.9.2 船(フェリー)

船会社は数社あり、客船、貨客船の2種類がある。島国であるソロモンにおいて、人々の貴重な足となっており、ホニアラ港を中心に、主に、北側、南側に分けて、就航している。時間はかかるが、費用的には、飛行機の1/4程度である。各便のスケジュール、料金等は、船会社にて確認の事。

 

➢ 参考)Fair West Shipping ホニアラ市役所前 ホニアラ→ギゾ/約26時間/大人$500

 

1.9.3 バス

ホニアラ市内において、住民の貴重な足として、メンダナアヴェニュー・ククムハイウェイを中心に、ひっきりなしに走っている。中型バスも時折見かけるが、基本は10~15人乗りワゴン車のミニバスである。 路線図や時刻表はなく、場所によっては明確なバス停はないが、慣れてしまえば、旅行者でも簡単に使える。幹線通りは東西方向のメンダナAve.1本なので、西行き(White RiverやRove)、東行き(KGⅥ、RUNGA)さえ、把握すれば、間違うことも少ない。山側へは、いくつかある大きい停留所より、循環型でバスが出ている。 行先は、バスのフロントガラス部に表示されており、また、車掌が、行先を大声で伝え、呼び込みをしている。目的地が不安な時は、車掌に希望の行先を伝えれば、適宜、近くのバス停に停まってくれる。 運賃は、一律で、大人$3、学生・子供$2。バスに乗り込んでから、車掌に支払う。釣銭を持っていないことがあるので小銭を用意し置くと良い。

 

1.9.4 タクシー

市内の比較的広い範囲を走っており、数も多い。セダンタイプの車の屋根に、「TAXI」という看板(取り外し式)を付け、車体にも記載しているので、分かりやすい。しかし、自家用車併用であるので、屋根に看板がある場合のみタクシーとして営業中である。 夜には酔っ払い運転も見られるので、流しではなく、ホテルかタクシー会社(下記)に、直接配車を依頼した方が良い。料金メーターはなく、車の走行メーターで距離を測る。1km=$10で、過剰請求をしてくる事は少ないが、支払時には、しっかりとメーターでの料金確認をされたい。また、お釣りを持ち合わせていない場合が多いので、事前に細かい金額を用意しておく事。

➢ Black Jack TEL:24440
➢ Kings Taxi TEL:27888

 

1.10  電気

1.10.1 電圧

ソロモンの電圧は240V、周波数は50Hzである。 停電は日常往々にしてあり、電圧も安定していないので事前に対策をたてておいた方がよい。

 

1.10.2 コンセント、モジュラージャックの形 コンセント形状は、Oタイプの三つ穴である。アダプターは、当地でも入手できる。

 

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1.11 食生活・レストラン

日常の食生活に必要なものは、市内のローカルマーケット、スーパーマーケット、個人商店など で入手する。 日本食品は醤油やワサビ、みりん等が手に入るが、品切れになることも多い。当地産の魚、肉、野菜、果物以外の食料品はオーストラリア、ニュージーランド、東南アジア、中国などからの輸入品が多い。多くの店では製造年月日にあまり注意を払っていないので、購入時には注意が必要である。 飲料水は、やや硬水であるは、沸かして飲めば問題ない。ミネラルウォーターを購入してもよい。 外食は、レストランが少なく、選択肢は限られている。(第3章:レストラン・食べ歩き 参照)

 

1.12 ホテル

ホニアラにあるホテルは、市内中心部に集まっている。一般的に、物価に比べてホテル料金はやや高めである。支払いは、原則として現地通貨払いであるが、外貨でも支払い可能なホテルはある。ほとんどのホテルがクレジットカードによる支払いも可能である。長期滞在者用のアパートメントタイプもあり、小さな台所がついているホテルもある。(第4章:ホテル情報 参照)

 

1.13 通信

携帯電話は、プリペイド方式。現地でSIMカードを購入($20ドル程度)し使用可能で、観光客でも気軽に利用できる。携帯電話やインターネット接続料は、高い。

 

1.14 服装

気温は、一年中高いので、半袖で十分である。ただし、夕方以降の外出などの際は、マラリアを媒介するハマダラ蚊を防ぐため長袖シャツ、長ズボン及び靴下を着用するのが望ましい。 また、室内で冷房が効き過ぎている場合もあるので、夏物ジャケットやカーディガンが重宝することもある。乾季の時期や朝晩など、気温が下がって、肌寒い日もあるので、就寝の際のエアコンやファンの利用には注意されたい。

 

1.15 参考サイト

ソロモン諸島に関するHPは少ないが、現地情報を得るのに、参考になる代表的なサイトを一例として下記に紹介する。他、現地在住の青年海外協力隊隊員によるブログ等もあるので、併せて、参考にされたい。

 

 外務省:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/solomon/index.html

 

 全国ソロモン会:http://www.japan-solomon.com/

 

 日本・ソロモン友好協会:http://www.we-love-solomon.com/
➢ JOCV隊員ブログ ソロモン各地で活動している青年海外協力隊(JOCV)隊員によるソロモンブログ。

 

 青年海外協力隊!ソロモン!教師!(2015~2017 活動中):http://blog.livedoor.jp/yn_34241030/

 

第2章 ガダルカナル島の戦い

 

 

1942年8月7日から1943年2月7日迄行われた【ガダルカナル島の戦い】は、大東亜戦争(太平洋戦争)における陸戦のターニングポイントとなった。 海軍の敗北の起点が、ミッドウェー海戦であったとすれば、陸軍が、陸戦において初めて米国に負けたのが、ガダルカナル島の戦いである。ある記述によれば、米国側は、「ガダルカナルとは島の名ではなく感動そのものである」と述べ、それに対し日本側は、「それは帝国陸軍の墓地の名である」とそれぞれ書いている。この戦闘以来、日本は守勢に立たされることになるのである。 この戦いで、上陸した陸軍総兵力は31,404名。うち、撤退できたものは10,652名、撤退以前に負傷・後送された者740名。死者・行方不明者は約2万名強であり、このうち直接の戦闘での戦死者は約5,000名。残り約15,000名は、餓死と戦病死だったと推定されている。(Wikipedia参照) 補給路が断たれ、大量の餓死者を出した為、別名“【餓島】飢餓の島”と呼ばれる。(ちなみに、ブーゲンビル島は、当時、“【墓島】ボーゲンビル”と呼ばれていた。) 参加陸軍将兵の主な出身地は、旭川、新潟、仙台、福島、静岡、岐阜、名古屋、福岡などで、今尚、約6,900名が行方不明となったままである。 毎年、日本政府の未送還遺骨情報収集団、及び自主遺骨収集団が来島し、捜索を続けている。

 

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